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健康豆知識

眠くなりにくい花粉症のくすり 副作用を防ぐ工夫


【薬の副作用は防ぐことができる?】

 「クスリはリスク」などといわれるように、薬剤を服用したとき、望まない作用である副作用がでる場合があります。もちろん副作用のリスクを上回る効果が期待されるため薬物治療がなされるわけですが、副作用はでないのに越したことはありません。たとえば花粉症の薬で目のかゆみや鼻水が治まっても、眠たくなるという経験をした方は多いのではないでしょうか。ところが最近の花粉症の薬は眠くなりにくくなったように感じていらっしゃいませんか。テレビのコマーシャルでも「眠くなりにくい」と謳っている花粉症の薬をみかけます。どのようにして眠気の副作用を抑えているでしょうか。また、副作用を防ぐ工夫にはどのようなものがあるのでしょうか。眠くなりにくいのに花粉症の薬が効く仕組みを説明し、薬の副作用を防ぐ様々な工夫を紹介したいと思います。

【花粉でなぜくしゃみ・鼻水・鼻づまり?】

 通常、花粉が鼻の粘膜にくっついても大した害はないのに、花粉症だとどうして大量の鼻水や、とまらないくしゃみに悩まされるのでしょうか?私たちの体はウイルスや細菌から免疫の働きによって守られています。ときに免疫は、何でもない相手に対して過剰に反応してしまうことがあり、これをアレルギーといいます。免疫が花粉を重大な害を及ぼす相手と勘違いしてしまうと、鼻汁を大量に出し、くしゃみをして花粉を早く追い出そうとするアレルギー性鼻炎が起きてしまいます。花粉症で作られるIgE抗体は、鼻の粘膜にいるマスト細胞の表面に結合します。花粉が鼻の粘膜にやってきたとき、そのIgE抗体が花粉を重大な害を及ぼす相手と認識して反応し、マスト細胞からヒスタミンなどが放出されます。放出されたヒスタミンなどが鼻粘膜を刺激して、くしゃみ、鼻水、鼻づまりなどのアレルギー症状を引き起こします。

【花粉症の薬と眠気】

 花粉症の症状であるくしゃみや鼻水を抑える代表的な薬が、ヒスタミンH1受容体に結合してヒスタミンの働きを抑える「抗ヒスタミン薬」です。マスト細胞から放出されたヒスタミンは、知覚神経末端のヒスタミンH1受容体に結合して延髄のくしゃみ中枢を刺激し、くしゃみを引き起こすとともに、鼻汁を分泌させます。抗ヒスタミン薬がヒスタミンH1受容体に結合すると、ヒスタミンが受容体に結合できなくなって刺激は遮断され、鼻炎を始めとした多くの症状は軽減します。ただ、ヒスタミンH1受容体は様々な臓器に分布していて、脳内にも多くあります。抗ヒスタミン薬によって、脳内のヒスタミンH1受容体による刺激が遮断されると、鎮静作用が現れ眠気を生じます。古くからある抗ヒスタミン薬(第1世代)は眠気が強いのですが、第2世代として鎮静作用が少なく眠気が少ない抗ヒスタミン薬が新たに登場しました。

【なぜ眠くなりにくい?】

 第2世代の抗ヒスタミン薬はどのように眠気を抑えているのでしょうか?カギは体の中での薬物の動き、薬物動態にあります。体に入った薬は、血液の流れに乗って様々な臓器に運ばれます。毛細血管壁には小さな穴が開いていますので、血液の中の薬は毛細血管から組織に出ていくことができます。一方、脳の毛細血管は特殊な構造をしています。脳の毛細血管には小さな穴はなく、脳毛細血管の細胞同士が密着して結合していますので、物質が自由に出入りできないようになっています。この血液と脳の間の関門を、血液脳関門とよびます。血液脳関門には、血液と脳の間の様々な物質の移動を制御するため、脳にとって必要な栄養物質などを取り込み、不必要な老廃物などを血液側にくみ出す運び屋がいます。第1世代の抗ヒスタミン薬は血液脳関門を容易に超えて脳内でヒスタミンH1受容体を遮断し、眠気を起こします。それに対して第2世代の抗ヒスタミン薬は血液脳関門を超えにくく脳内に入りにくいので眠気が起こりにくくなっているのです。血液脳関門の運び屋が第2世代の抗ヒスタミン薬を脳からくみ出し、第1世代の抗ヒスタミン薬を脳に運んでいるという研究結果もでています。第2世代の抗ヒスタミン薬であっても鼻粘膜組織には到達し、知覚神経末端のヒスタミンH1受容体を遮断し、花粉症の鼻炎の症状をやわらげてくれます。このように、眠くなりにくい第2世代の抗ヒスタミン薬は、鼻粘膜など効果を発揮する組織には到達し、眠気の副作用を起こす脳に入らないように薬物動態を工夫することで、副作用を回避しています。

 

【副作用を防ぐ工夫いろいろ】

 この他にも、副作用を防ぐ工夫をされた薬が色々とあります。例えば、前立腺肥大症で、出にくくなった尿の出をよくするα1遮断薬という薬があります。ただ、α1遮断薬はもともと血圧を下げるために使われていた薬です。そのため、前立腺肥大症の患者さんにこの薬が使われたとき、副作用として血圧が下がり、立ちくらみが起きてしまうことが問題となっていました。α1遮断薬は、血管のα1受容体を遮断すると血圧を低下させ、前立腺のα1受容体を遮断すると尿を出やすくさせます。薬は血液の流れに乗って運ばれますので、抗ヒスタミン薬のように薬物動態を工夫し、血管のα1受容体の周りにα1遮断薬を行かないようにすることはできません。しかし、細かく調べてみると血管と前立腺のα1受容体には違いがあることがわかりました。そこで、前立腺のα1受容体に良く結合し、血管のα1受容体には結合しにくいα1遮断薬が開発され、立ちくらみの副作用が少ない前立腺肥大症の薬として現在では使われています。このように薬が作用する体内の分子(受容体など)を厳密に狙い撃ちする標的化が、副作用を防ぐ二つ目のカギです。「分子標的治療薬」という言葉を聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。がんの治療薬の多くは、がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃してしまうので、重い副作用を起こすことも少なくありません。がんを克服するための膨大な研究から、がん細胞の増殖や転移にかかわる異常な遺伝子が解明されてきました。近年、異常な遺伝子からできた特定の分子だけを標的とした分子標的治療薬が次々と誕生しています。もちろん副作用が全くないわけではありませんが、有効な治療薬となっています。
 このように花粉症などの身近な薬からがんの治療薬にいたるまで、副作用を減らす様々な工夫がされた医薬品が使われています。さらに詳しく知りたい方は、あなたの身近な薬剤師に尋ねてみてください。


2016年5月
帝京大学薬学部 黄倉 崇