抗菌薬の適正使用に向けた8学会提言 抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship: AS)プログラム推進のために : トピックス - 日本薬学会

平成28年4月5日

厚生労働大臣 塩崎 恭久 殿
文部科学大臣 馳   浩 殿

公益社団法人日本化学療法学会理事長   門田 淳一
一般社団法人日本感染症学会理事長    岩田 敏
一般社団法人日本臨床微生物学会理事長  賀来 満夫
一般社団法人日本環境感染学会理事長   賀来 満夫
公益社団法人日本薬学会会頭       太田 茂
一般社団法人日本医療薬学会会頭     佐々木 均
一般社団法人日本TDM 学会理事長     上野 和行
一般社団法人日本医真菌学会理事長    河野 茂


抗菌薬の適正使用に向けた8学会提言
抗菌薬適正使用支援(Antimicrobial Stewardship: AS)
プログラム推進のために

【前 文】

今、なぜ抗菌薬適正使用支援プログラムが求められているのか

 近年、多剤耐性アシネトバクター属菌や、最も強力とされるカルバペネム系抗菌薬に耐性の腸内細菌科細菌(CRE)など、新たな抗菌薬耐性菌(以下耐性菌)の出現による難治症例の増加が世界的な問題となっています。この原因として、耐性菌が世界的に伝播しつつあることや、医療機関のみならず、養殖や畜産、ペットに対しても、抗菌薬が濫用されていることが一因と示唆され、地球環境全体における「One Health」の概念が提唱されています。平成26年4月には、世界保健機関(WHO)が初めて耐性菌蔓延の状況を “Antimicrobial Resistance Global Report on Surveillance”としてまとめ、全世界に警鐘を鳴らし、AMR(Antimicrobial Resistance)グローバルアクションプランの策定(図1)を各国に求めています。
 わが国においても、医療機関内での耐性菌による「アウトブレイク」や海外渡航者による持ち込みが各種メデイアでも取り上げられるようになり、医療を遂行する上での重大な懸念材料と認識されつつあります。一方、こうした耐性菌に対する新規抗菌薬の開発は世界的に停滞しており、耐性菌による感染症を発症した患者の治療選択肢が非常に少なく、危機的な状況です。また、耐性菌による感染症は重症化しやすいため、入院期間が延長するなど医療経済的にも莫大な負担を生じます。
 このような脅威に対して、わが国でも直ちにAMR対策を講じる必要があることは言うまでもありません。平成27年4月1日には、厚生労働省医政局地域医療計画課から「薬剤耐性菌対策に関する提言(院内感染対策中央会議策定)」が発出され、平成28年3月までに厚生労働省、農林水産省、環境省など関係する省庁がAMR対策チームを立ち上げ、AMR対策に関する行動計画を策定する方針を決めました。その行動計画の1つには抗微生物薬の適正使用も掲げられており(図1)、医療機関におけるAMR対策への一層の取組みが求められています。

 AMRへの対策には、次の大きく2つの対応が必要と考えられ、世界的にも整備が進んでいます。
 それは、

  1. 耐性菌を保菌・感染した患者から、保菌していない患者へ拡げない対策
  2. 安易な(不適切な)抗菌薬の使用が耐性菌を発生あるいは蔓延させる原因となるため、患者への抗菌薬の使用を適切に管理する対策

です。

 1に関して日本の医療機関では、耐性菌を拡げない対策を実践するチーム(感染制御チーム:Infection Control Team: ICT)が整備され、施設内の感染防止対策や施設間での情報共有が盛んに行われるようになりました。また、そうした取り組みに対して感染防止対策加算という保険診療上でも評価される仕組みも整い始めました。
 一方、2に関しては、感染症を発症した患者が適切な抗菌薬治療を受けているか否かを専門的に監視?管理し、必要に応じて処方医へ支援を行う仕組み(抗菌薬適正使用支援:Antimicrobial Stewardship:AS)が必要とされています。そのために医療機関は、ASを実践するチーム(抗菌薬適正使用支援チーム:Antimicrobial Stewardship Team: AST)や、その指針(抗菌薬適正使用支援プログラム:Antimicrobial Stewardship Program: ASP)を整備しなくてはなりませんが、日本での対応は、欧米各国と比べても遅れているのが現状です。
 ASは、感染症専門の医師や薬剤師、臨床検査技師、看護師が個々の患者に対して主治医が抗菌薬を使用する際、最大限の治療効果を導くと同時に、有害事象をできるだけ最小限にとどめ、いち早く感染症治療が完了できる(最適化する)ように支援を行うことを目的としています。その結果、耐性菌の出現を防ぐ、あるいは遅らせることができ、医療コストの削減にもつながります。すなわち、ASは感染症診療における耐性菌抑制と予後向上を両立させるための中心的役割を担っており、診断技術の進歩、新薬やワクチンの開発、ガイドライン整備、保菌者への対応や感染防止対策の向上など、様々な具体的方策と有機的な繋がりをもつことで、さらに効果を高めることができます。(図2)。

 わが国で行われつつある取り組みの多くは断片的であり、系統的に実施するためには感染症専門の医師や薬剤師、臨床検査技師、看護師から構成されるASTを早急に整備する必要があります。
 しかし、肝心の感染症を専門とする薬剤師をはじめ、医師や臨床検査技師の育成体制、各医療機関への配置、保険診療上での評価など、いまだ決して十分とは言えないのが現状です。さらにASTはICTとの連携が不可欠であることから、それぞれの役割についても明確にする必要があります。今後、さらなる感染症管理体制の整備と具体的な要件の充足が望まれます(図3)。この体制整備によって、国民全体へのASの啓発や、普段からの地域ぐるみのサーベイランスや耐性菌対策が進み、より良い感染症診療が期待できます。したがって、今回、抗菌薬適正使用を支援するための組織づくりやプログラム整備の必要性と、われわれが進むべき方向性について、関連する7学会の視点から提言したいと考えています。

 図3 感染症管理体制の現状と今後求められる体制及び期待される効果
  略語説明
  ICT: Infection Control Team(感染制御チーム)
  AST: Antimicrobial Stewardship Team(抗菌薬適正使用支援チーム)

【国民・社会へのメッセージ】

耐性菌の脅威に立ち向かうために、新たな抗菌薬適正使用支援のための仕組みが求められていることをご理解下さい。

 現代の高度医療を遂行するためには、院内での感染症の発症を極力防ぎ、いったん感染症が発生した場合は、適切な診断や治療によって、早期に治癒に導くことが、耐性菌の伝播を防ぐためにも重要です。そのためには、医療機関の基本的な機能として“院内感染伝播防止”と、“抗菌薬適正使用”を推進する仕組みが必要です。わが国では、前者の整備は進みつつありますが、後者の環境整備がきわめて遅れています。
 これは、安易または不適切な抗菌薬使用を防止するために、特別に研修を受けた薬剤師をはじめ、医師や臨床検査技師、看護師から構成される医療チームが不足しているからに他なりません。また、抗菌薬の適正使用を支援する具体的手順が示されていないことも理由の一つです。
 その克服には関連する学会、行政、企業、医療者の協力が必須であり、また何よりも国民の皆様のご理解が不可欠です。全ての医療機関で抗菌薬適正使用を支援するための環境を早急に整備することが求められています。

【国・行政へのメッセージ】

抗菌薬適正使用推進のためのチームや指針の整備を促進する施策が求められています。

 感染防止対策が進んだ欧米諸国でも耐性菌が蔓延しつつあることや、新規抗菌薬の開発が停滞している現状からは、わが国でも事態の悪化を認める前に、耐性菌対策を改めて見直すことは緊急の課題です。
 耐性菌の出現は、抗菌薬の不適切な使用、あるいは広域の菌種に効果を示す抗菌薬を濫用したことが一因とされています。このような濫用を防ぐために、わが国の医療機関では抗菌薬を使用する際の届出制や許可制が推奨され、一定の効果が得られつつあります。 しかし、このような薬剤の使用制限だけでは、本来の目的である感染症の早期治癒が必ずしも望めるわけではなく、かえって不適切な治療から治療が長期化し、耐性菌を生み出す危険性を回避できません。これらを克服するためには、抗菌薬適正使用支援(AS)のシステムをわが国の現況に応じた形で構築すること、すなわち、個々の感染症治療例に対して、専門的監視?介入やフィードバックを系統的に実施するプログラムや支援チームを導入し、これを地域に広げて行くことが必要です。
 このためには、特別に研修を受けた薬剤師をはじめ、医師や臨床検査技師、看護師から構成される医療チームが、各施設の適正使用のみならず、保健所や地方衛生研究所など行政とも連携し、地域の医療機関や介護施設、公共機関、学校などを通して、広く国民に情報を還元することが重要です。さらに、これらの取り組みは医療経済学的な視点に基づく費用対効果も意識して行われるべきですし、取り組みの成果として日本の耐性菌検出の現状や抗菌薬の使用状況を適切なサーベイランス体制に基づいて国全体や世界にフィードバックすることも必要でしょう。
 こうした取り組みには医療チームを構成する各職種の専門性を高めるための教育が欠かせません。現在、耐性菌の伝播防止に関わる感染管理認定看護師(Certified Nurse for Infection Control: CNIC)に関しては、専門家を育成するための教育体制が一定水準に達しつつありますが、さらにその体制を充実させる必要性が高まっています。
 一方、医師や臨床検査技師、そしてASの中心となるべき薬剤師の育成に関しては、日本の病院数8540施設、うち300床以上は1500施設であることを考えても、特別に定められた教育システムや支援体制がまだまだ不足している現状です。
 

    (参考:2015年12月末日現在における薬剤師の例)
  • 日本病院薬剤師会 感染制御認定薬剤師:882名
  • 日本病院薬剤師会 感染制御専門薬剤師:246名
  • 日本化学療法学会 抗菌化学療法認定薬剤師:671名

 しかも、感染症診療の専門家を目指したいと考えている多くの医療スタッフが他の日常業務に追われている状況も見逃せません。
 国・行政には、“世界的規模で増加する耐性菌感染症から国民の命を守る”という大義のもとに、抗菌薬適正使用を支援する体制づくりを進めていただく必要があります。また、わが国における感染対策に対する制度を、むしろ世界標準として発信できるように、これまでにわが国で蓄積されてきた抗菌薬の適正使用に関する知的・人的・物的リソースを生かせる新たな環境づくりが、今求められています。
 耐性菌治療薬の開発とも協調した施策により、感染症患者の予後改善とともに、耐性菌の蔓延防止や医療費の抑制を両立する環境づくりが実現できるものと考えます。

【企業へのメッセージ】

抗菌薬適正使用を推進するためのチームが効率良く活動できるシステムが必要です。

 これまでに日本の製薬企業が行ってきた多くの抗菌薬開発やIT企業が開発してきた電子カルテあるいは診療支援システムの歴史的成果の中には、抗菌薬適正使用を推進させるためのシーズが蓄積されています。
 しかし現在の状況は、必ずしも新しい抗菌薬やシステムの開発に企業のリソースを傾注できる環境ではないことも事実です。より収益性の高い薬剤やシステムが、ビジネスあるいは経営の視点から好まれることは当然のことです。
 近年、人類の健康と福祉、社会への貢献という視点から考えた場合、抗菌薬適正使用を支援するための新しいシステムの開発も重要な研究テーマです。多くの投資を必要としますが、結果的には医療経済的な利点も大きい可能性が指摘されつつあります。これまでに培ってきた抗菌薬適正使用に関する製薬企業のリソースをどう活用していくか、それを次の世代にどのように継承していくか、われわれは真摯に考えていかなければなりません。
 学会および行政とも協力して、公平かつ発展的な関係を形成することによって、関連企業が情報を交換・共有し、抗菌薬適正使用の支援に関して、より効率的かつ強力な連携体制を構築することが望まれます。

【医療機関へのメッセージ】

抗菌薬適正使用支援のためのチーム創設や指針の実践を評価する研究を推奨します

 わが国でも、各医療機関における抗菌薬適正使用を支援するためのチーム(AST)づくりやプログラム(ASP)の実践が求められてきています。
 欧米では、各医療機関に耐性菌の伝播抑制に関わるInfection control team(ICT)の他に、多職種による抗菌薬適正使用を管理するチーム(AST)が別に存在し、ICTとは別に、個々の症例への積極的かつ系統的な介入が行われています。
 これまでの日本の医療機関では、こうした系統的な介入を行うことができる施設はごく限られており、その中心となるべき特別に研修を受けた薬剤師をはじめ、医師や臨床検査技師は一般業務に追われ、ASを専門的に行う時間的余裕もなく、またその活動に対する保険点数の加算などの具体的支援もありませんでした。
 今後、抗菌薬適正使用を支援する新しい方策として、医療機関が企業・行政・学会と連携・協力する中で、施設ごとにASTを創設し、ASPを実践?評価する環境を整備して実績を積み、かつ、それが保険加算上でも評価されるものと予想されます。
 各医療機関の自由な発想を生かす仕組みも望まれており、行政及び学会はこれを促進する施策・方策を考えています。医療機関が個々の施設背景に沿った多職種の構成員による連携体制を構築し、持続的かつ効率的な抗菌薬適正使用を支援するための環境整備の促進が期待されています。

【早急にわれわれがすべきこと】

  • 全国の医療機関にASTを組織する
  • ASに関わる人的・物的資源を整える
  • ASの標準的プログラム(ASP)を定める
  • ASを実施することに対する対価を設定する
  • ASの実践能力を備えた人材を育成する
  • ASの実践による効果について評価し、広く公表する。








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