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活薬のひと

 近年、革新的な医薬品により、高血圧、糖尿病等の生活習慣病における治療薬満足度は高水準に達し、また、各種がん、HIV・エイズ等の治療に対する薬剤貢献度もこの10年間で大幅に向上しました。このような流れから、創薬研究の対象は病因・病態がより難解な疾患へとシフトしており、革新的な医薬品の創出は年々困難さが増すと共に、新薬創出にかかる研究開発費の高騰が進んでいます。研究開発型製薬企業の使命である革新的な医薬品の研究開発には、継続的な創薬イノベーションが不可欠です。その実践には、「オープンイノベーション」、「マインドセット」、「創薬環境整備」の3要素が必須であると考えています。

 経営学者のヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーションを「新結合」と定義しました。つまり、異なるもの同士を組み合わせることによって新しいものを生み出すということです。シュンペーターの定義から、イノベーション創出の戦略を「新結合を効率的に見出す仕組みを作ること」と解釈することが可能ですが、そのためのひとつの方法が「オープンイノベーション」であると私達は考えています。製薬業界ではこれまで自前主義(クローズドイノベーション)によって創薬研究を行ってきました。しかし、困難さを極める創薬環境に直面し、近年、多くの企業が積極的にオープンイノベーションに乗り出しています。
 その代表的な例として、共有化合物ライブラリコンソーシアム(J-CLIC: Japan Compound Library Consortium)があります。本コンソーシアムは、日本製薬工業協会の研究開発委員会(製薬協研発委員会)に所属する17社が有志で集まり、5年間で約15万個のハイスループットスクリーニング(HTS:High Throughput Screening)用化合物ライブラリーを共同購入するものです。ライブラリー構築のノウハウを参画会社間で共有し、戦略的に多様かつ高質な市販化合物を多数購入する考えに基づき開始されました。同様な試みとして、創薬産業構造解析コンソーシアムが挙げられます。本コンソーシアムでは、製薬会社が16社集まり、SPring-8や筑波フォトンファクトリーなどの大型放射光施設を効率良く利用するための活動を行っていますが、加えてX線自由電子レーザーなどの先端技術を創薬に活用する上での様々な施策を検討しております。
 今後の創薬では、バイオ医薬品、再生医療、核酸医薬品などの新たなモダリティの活用が益々重要となり、IoT(Internet of Things、モノのインターネット)やAI(Artificial Intelligence、人工知能)などの先端技術の進歩に対応した異分野・異業種連携が必要不可欠になることは述べるまでもありません。製薬企業がイノベーションを継続的に創出するためには、これまで以上の幅広い視野と革新的な取り組みが必要になると考えています。

 オープンイノベーションを活性化し、イノベーション創出を加速させるためには、個人や組織のマインドセットも重要な要素となり得ます。すなわち、各人が最新のサイエンスや各国の医療情勢・医療ニーズの変化から、イノベーションの種を見出そうとする意識を常に持つことが必要です。加えて、他者と協働する際は、相手が考えている方向性や設定する出口を理解するだけではなく、自分が持つ価値を相手に提供することを惜しまない姿勢を見せ続けることも重要なことです。つまり数多くの新結合を生み出すためには、人種、国籍、性別、年齢は問わず才能を持った人材を集めることで、組織内外のネットワークや人的交流も多様化され、知の融合が大きく進むと期待しています。
 以上のように創薬イノベーションの実現には、オープンイノベーションに向けたマインドセットを持ち、これを強力に推進する人材が必要です。医薬品産業を取り巻く環境が激変する中、変化に対応しそれぞれの環境に応じた革新的戦略を立案・実践できる人材が継続的に輩出される仕組みを構築することは、今後の製薬企業にとって喫緊の重要課題と言えるでしょう。

 昨年4月、日本医療研究開発機構が発足し、医療分野の研究開発における基礎段階から実用化までの一貫した研究マネジメント体制が整いました。現在、産学協働スクリーニングコンソーシアム産学官共同創薬研究プロジェクトなど、国主導による産学官連携が強力に推進されています。また、薬事制度面では、医薬品の承認期間が過去10年間で大幅に短縮され、欧米と比較し遜色のないレベルとなり、先駆けパッケージ戦略など、革新的な医薬品の早期実用化に向けた新しい制度の導入も行われています。製薬企業は、常に世界に目を向け、研究開発費の投資を通じてイノベーションの促進に尽力していますが、企業単独での活動には限界があります。引き続き、日本薬学会をはじめとする各方面のステークホルダーとの連携のもと、創薬イノベーションに取り組んで参りたいと考えています。

 研究開発型製薬企業が革新的な医薬品を継続的に創出するためには、イノベーションを創出し続けることが不可欠です。本稿では「オープンイノベーション」、「マインドセット」、「創薬環境整備」の3要素についてご紹介させて頂きました。資源の乏しい我が国とって、知識集約型産業である医薬品産業は、経済成長を担う重要な産業の一つとして位置付けられています。私達はこれからも革新的な医薬品の継続的な創出と安定的な供給を通じ、政府が目指す「世界最先端の健康立国」の実現に向け、更なる飛躍を目指して参ります。