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活薬のひと

 私は、大学で薬剤師の仕事に関わる研究に長年取り組んでいます。25年くらい前のことですが、利用する薬局により、調剤を受けた人の満足度に差があるという研究結果が得られ、満足度が高い薬局とそうでない薬局とでは、薬剤師の患者への関わり方に違いがあることを感じました。薬剤師の関わり方で、患者の自己管理能力や治療成果にも違いがあるかもしれないと考え、その後、薬剤師の患者や顧客への関わり方の有用性を評価する研究に取り組むようになりました。これらの研究を通じて、地域医療に貢献する薬剤師達に出会い、薬剤師が積極的に患者に関わることが医療の質向上につながることを確信したのです。

 しかし、医薬分業の量的拡大が図られる中では、薬剤師が効果的な関わり方をするかしないかはあまり重視されない風潮がありました。薬剤師は何年も薬の勉強をしてきた「薬の専門家」ですが、通院患者の薬物療法においては力を発揮できておらず、それは環境がそうさせているとも感じています。少子高齢社会においては地域の医療資源を有効に利用することが求められます。医療資源の中でも、薬局は、医療が必要となった人だけでなく、健康な人にも商品やサービスを提供する施設であり、その場所には薬剤師が常駐しているのですから、健康づくりにおいて活用しない手はないはずです。

 薬局は一般に、医療機関よりも開局日・開局時間が長く予約不要であり、医療機関よりもアクセスがしやすいという特徴があります。この特徴と薬剤師が常駐していることを活かして、医師の診察を受けるほどではないと思う程度の体の不調(これを軽疾患といいます)に対する自己治療(セルフメディケーション)を薬局が適切にサポートすれば、住民の利便性が向上し、また、医療費の節減にもつながります。すでにこのような目的で薬局は利用されていますが、今後はさらに継続的に関わるなどの効果的なサポートが求められます。日本では全国民が比較的少ない自己負担で医療機関を利用でき、アクセスも制限されていません。公的医療保障が整備されている他の国では、軽微な症状での医療機関の利用が医師の負担を増大させており、より重症で受診が必要な人の機会を損ねている可能性があることが指摘されています。軽疾患での薬局利用は、これを解決する手段の一つと捉えられています。

 現在、構築が急がれている地域包括ケアシステムにおいては、地域完結型の医療が想定されています。日本の医療保険制度はフリーアクセスを前提としており、医療機関は患者自身が選択しますが、たいていは病気になってから医療機関を探し始め、結果として居住地域から離れた規模の大きい医療機関を選んで受診することも珍しくありません。これは、限られた情報を頼りに質の高い医療を求めた行動の結果ともいえます。こうなると医療資源が有効に利用されにくくなります。地域で適切な情報を提供する指南役が身近にいるかいないかで、生活者や患者の行動は変わります。薬局が健康支援の窓口となり、健康支援や医療アクセスの指南役を担うことで、無駄を少なく、かつ効率的に必要なサービスが提供できる可能性があります。

 仮に、医療資源に上限が設定されたとしたら、私たちはそこから最大限の利益を生むように使用しようと努めることになります。必要性が高い人に適切な医療が提供されるようにするためには、医療の需要が高い期間や人をできるだけ増やさないような努力が求められます。予防には、一次予防(病気にならない)、二次予防(早期発見・早期治療)、三次予防(重症化防止)があります。病気になれば、多くの人は医療機関で治療を受けますが、糖尿病や高血圧などの慢性疾患では、患者自身が努力をしなければ重症化を防ぐことはできません。病気にならないための予防だけでなく、重症化防止にも、患者の健康行動(セルフケア)を促すことがとても大切です。薬剤師が、治療を開始した人の受診や入院がこれ以上増えないようにと意識して関わることで、通院治療の質が向上し、医療資源の有効利用につながります。

 国は、薬局が健康サポート機能を備えることを促しています。地域の薬局が、質の高い健康支援と薬物療法のサポートを担うためには、常駐する薬剤師に高い資質が求められます。地域の患者・生活者からの相談を受け止め、状態を評価し、その人の暮らしを踏まえたサービスの提供・提案と、相談者が路頭に迷わないように他施設へとつなげていける能力が必要です。最近の国の動きに連動して、薬剤師の資質向上に対する関心も急速に高まってきました。しかし、将来の役割を学習するための教科書はありません。私は、これまで出会った地域医療への貢献を実践する薬剤師のスキルを、より多くの薬剤師に身につけてもらえるような教育・研究活動に取り組んでいきたいと考えています。10年後には私の期待が現実になっていることを信じて継続したいと思います。