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活薬のひと

 そんなことを思ったのは、市中病院での研修を終え、大学病院で呼吸器外科医として活動しつつ、大学院生として研究活動を行っていた2001年ごろでした。薬局の長男ではありましたが薬学部に進まず、医師として自分の可能性を試してみたいと、当時徐々に適応が拡大しつつあった内視鏡外科治療や、新規抗がん剤の出現によって可能になった術前化学療法や機器の進歩によって精度や効果が飛躍的に向上した放射線治療とともに手術を行う集学的治療、さらには、脳死移植法の整備によって可能になった脳死移植など、いろいろな分野で自分なりにがんばっていました。

 内視鏡外科は、皮膚や筋肉の切開を小さくすることで、美容的にも優れていますが、術後の創部痛も少なく、低侵襲であり術後の合併症を抑えることができると考えられていました。高齢や低肺機能によって外科的手術を断念していた方が、手術の低侵襲化によって、手術療法の恩恵を受けることができるようになっていきました。
また、私が専門としていた呼吸器外科領域では、肺癌の治療成績の向上が課題とされていました。外科手術一辺倒だった肺癌治療に、放射線療法や化学療法と組み合わせにより、腫瘍の縮小を図った上で根治を目指すという方向性が見えてきました。
さらに、移植医療は、従来の治療法では生命が脅かされる状況だった患者さんに、命への扉を開く画期的な治療法でした。

 これらの3つの領域を、研修医から医員、そして大学院生となる間に取り組んできました。外科領域ではありますが、それぞれに少し離れた分野であることを意外に思われるかも知れませんが、お読みいただいた通り、「従来の治療法では助けられなかった人を助けることができる」というものですし、それがどうも私のスイッチだったようです。

 そして、この10年あまり、私が取り組んできた薬局や薬剤師の新しい在り方に向けた試行錯誤は様々な幸運やご縁もあって、少しずつ変化が起こってきました。
外科医として臨床・教育・研究に没頭していた私が、実家の薬局を継承し、「医薬分業時代にこそ、医薬協業が求められるはず」と考えていろいろな活動を始めたことは、多くの方にとって意外だったと思いますし、実は、その当時、そういう一風変わった決断をした私自身にとっても、完全に腑に落ちていたわけではなく、直感のような、何かに突き動かされる、または逆に導かれるような感じがしていました。しかし、今になって思えば、先ほどの3つと同じいつものスイッチが入ったのだと思います。

 つまり、医師と薬剤師が、処方する人、調剤する人という分離した関係から、ともに専門性を発揮し相乗効果を発揮する関係へと分離することで、今までは救えなかった患者さんを、良くすることができると気がついたのです。その代表的なものが、多剤併用・薬剤性有害事象の回避ということでした。
医師が診察し、薬剤師が調剤するというのは基本ではありますが、患者の症状を見たり訴えを聞いたりするのは医師、その判断に従って薬を準備したりお渡ししたりするのは薬剤師ということになってしまいがちです。この関係はもちろん良いことですし、大事なことですが、ただ1つ、問題があることに気がつきました。

 それは、患者さんの症状や症候が、病気ではなく、現在使用している薬剤によって起こっている場合です。これは、薬剤性の有害事象のこともあれば、コンプライアンスの低下によることもあります。例えば、患者が医師に吐き気を訴えた場合には、医師は吐き気を来す病態を考え、それに対する治療法を探り当て実行していくでしょう。しかし、それは、現在服用している薬の副作用かも知れません。また、降圧剤を投与しているのに、高血圧の状態が続くのならば、医師は用量を増やしたり、降圧剤の種類を増やしたりするでしょう。しかし、それは、ちゃんと服用できていないからかも知れません。

 これらの問題をどう解決するかを自らの在宅医療での活動を通じて模索してきましたが、答えは意外なところにありました。それは、私の診察前に薬剤師に自らが調剤した薬を服用している患者さんの状態を見せて評価してもらうというシンプルなことでした。薬の副作用の可能性やコンプライアンスの低下があるということがわかれば、それに対する処方変更や様々な介入が、医師の診断や投薬の前に為されるべきです。そして、これがないと薬はどんどん増えつづけ、それに伴う薬剤性の有害事象は止まらず、結果的に残薬も発生するという構造的な問題に気がつきました。
薬剤師が患者の状態を把握するためには、バイタルサインの理解と活用が不可欠です。自分自身で取るかどうかが大切なのではなく、むしろその結果を踏まえて、前回処方の妥当性を、医師の治療方針や患者背景を理解した上で、薬学的専門性を活かして評価することが大切だということも、薬剤師と協働して患者さんの治療に当たる中で明らかになってきたのです。

 自分の薬局や勤務していた在宅療養支援診療所での活動で得られた知見や、必要と思った知識や技術は、広く薬剤師の皆さんに伝えなくてはならないと、2009年から一般社団法人を作って活動しています。2011年には名称を在宅療養支援薬局研究会から日本在宅薬学会と変え、バイタルサイン講習会やe-learning、さらには、公益社団法人薬剤師認定制度認証機構の認証をうけた在宅療養支援認定薬剤師制度(P03)を発足させています。
これは、「薬剤師は薬を出したあとを薬学的に評価することで専門性が発揮でき、その結果、今まで救えなかった患者が救えるようになる」というアイディアを少しでも知っていただくとともに、それぞれの現場で薬剤師としての活動の在り方を変えていただくことが、病院・薬局を併せて21万人を超える巨大な医療的社会資源を活用することにつながると考えているからです。
現在、学会の会員数は1300名を超え、バイタルサイン講習会の受講者は3000名を超え、さらには、40名を超える認定薬剤師を輩出するようになりました。これらは、現場を変えたい、医療をもっと良くしたいという薬剤師の思いが熱いうねりの現れだと思います。
「薬局が変わると地域医療が変わる」という15年前の外科医の妄想は、どうやら、徐々に現実のものになってきたようです。これからも、医療の現場で患者さんと向き合いながら、少しずつでも前進していきたいと思います。