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活薬のひと

 くすりは貴重な資源です。これを輝かせるために、私達薬剤師は何をすればいいか?くすり自体の作用は素晴らしくても、それを生かすか殺すかは使う側の人間です。くすりを盲信するのも毛嫌いするのも、どちらも間違っています。IT技術が発達し、再生医療が実現化すれば、くすりも薬剤師も医療に必要なくなるのでは、などという乱暴な議論も過去にはありましたが、いまそんなことを思う人はまずいないでしょう。医療の技術が発達すればするほど、そこで使われる薬も多様化し必要性が高まっています。私達が手にしている・手にするであろう「くすり」を十全に活用し、治療の輝ける星にするために、薬剤師の果たす役割について考えてみたいと思います。

 人類の起源とともに、薬の歴史も始まったのではないでしょうか。ヒトは他に類を見ない「何でも食べる」雑食性です。元気なときに食べたら「マズイ!!」と吐き出す草でも、体調の悪いときに食べると意外に美味しく感じ、気がついたら体調が戻っていた、というような体験を通じて、くすりが人類の歴史にはいってきたと考えられます。生薬といわれる薬は、このように気の遠くなるような時間と多くの人々の経験を通じて、現代に伝わってきたものです。19世紀、有機化学の大躍進以前は、このような経験則にしたがって用いられてきた薬が殆どでした。
 大国主命の神話には、薬に関することが色々とでてきます。因幡の白兎と蒲の穂綿(実際は花粉-止血作用があるとされる)は有名ですし、大国主命が悪い兄神達に大やけどを負わされ、それを貝の粉末と貝汁で治した話など、古代の治療法や生薬の知識が記されています。また、以前薬科大学の学生さんに授業の中で尋ねたところ、どのご家庭にも「風邪をひいたら〇〇する」という、医療機関受診以外の様々な伝承があるようで、大変興味深い思いをしました。

 生物が作り出すものとされていた有機物質の構造を明らかにし、それを試験管内で合成する「有機化学」は、天然の物質を人工的に作り出すという画期的な学問であり技術です。19世紀に大躍進した有機化学は、生命現象の解明や物質構造の決定、有用な物質の合成を可能にしました。その結果、それまで薬として使っていた天然物を、純粋な形で大量に安定して市場に送り出すことが可能になりました。即ち、効き目の安定した薬を市場価格で入手できる事になったわけです。20世紀になり生化学が大いに進歩したため、病気の解明や薬の作用メカニズムが分子レベルで明らかになり、これも新たな薬を生み出す原動力となりました。新しい薬によって、治癒、もしくはコントロールが可能な病気も増えています。現在日本で当たり前に行われている、いわゆる西洋医療は、決して歴史の古いものではなく、この200年ほどの間に薬の進歩とともに発展してきたものと言えるでしょう。

 どんな薬にも、治療に役立つ望ましい作用と、治療とは関係のない作用がありこれを副作用と呼んでいます。また薬は望まない有害な作用を示すことがしばしばあります。作用が強い抗がん剤は、副作用も高頻度に起こるため、治療時には予め副作用を予防する対策をとっておきます。しかし、予想できない有害な副作用が突然現れることもあり、例えば一般的に使われる風邪薬で生死をさまよう大変な思いをされた方もおられます。副作用として有害な事象が生じることは避けがたいとはいっても、その事実をきちんと伝えておかねば、有害作用で苦しむ人が増えてしまいます。サリドマイド事件に代表されるような「薬害」は、薬を使う現場に有害作用の発生事実が迅速に伝えられなかったことで、徒に被害者を増やすことになってしまいました。
 「副作用」というと、人間にとって悪い作用を指すように思われがちですが、有害なものばかりではありません。ある種の発毛剤や血液が固まるのを防ぐ薬など、副作用を有益に使った薬もたくさんあります。このように、薬の違った面や今まで見捨てられていた面に着目して、それを有益なものとする研究と、有害な作用を予防する、あるいはそれが広がることを防ぐ活動は、薬を人間に役立てるための必須の活動です。使い方を間違ったために、有益な作用をもつ薬が葬られてしまうのは、資源の活用という面から見て大変残念なことです。

 薬はたくさん使えばいい、というものではないことは、直感的に理解できると思うのですが、臨床現場では意外にその常識が通用しないことがあります。高齢化にともない、多くの疾病を抱える人が増えています。当然様々な症状が現れることになり、それぞれの症状に対応した薬が処方されます。また近年、治療のガイドラインが整備され、診断がなされるとそれに応じた薬物治療が施されるようになりました。当然、複数の疾患に対して多種類の医薬品が用いられ、重複する処方や相互作用が問題になる組み合わせも出て来ます。特に複数の医療機関で治療を受ける場合にはその傾向が強くなり、患者さんにとって治療的効果よりも不利益が出てしまう事もあります。安全性と有効性を確保するために、重複処方や相互作用、不要な処方薬を発見して、処方医に対し望ましい処方を提案するのが薬剤師の役割です。また、副作用を恐れるあまりに少ない量でダラダラと投与する例がありますが、特に抗菌薬に関しては全く意味がないどころか、薬が効かなくなる原因を作るようなものです。薬の体内動態に明るい薬剤師が、適切な抗菌薬の選択や、投与量・投与計画に深く関わることで、患者さんにとって最適な治療を提供することができます。神戸大学医学部附属病院では、薬剤師が中心となって不要な処方や過剰な投与、不適切な薬剤選択を修正する活動を行っています。この活動によって処方薬剤の変更や減少が進んでおり、患者さんの病状改善や医師の負担軽減に貢献する例が少しずつ増えています。
 限られた資源である「くすり」を如何に有効かつ安全に使えるかは、薬剤師の肩にかかっていると言っていいでしょう。ともすれば、「病気を治す」ことに視点がいきすぎて過剰な薬を使ったり、「現状維持」に拘るために長期に薬を続ける、といった現象が臨床の場ではしばしば見られますが、いずれも貴重な資源である「くすり」の無駄使いです。また、「副作用しかない」と思った薬を、視点を変えて立派な治療薬に変身させるのも、資源の有効利用として今後もっと進めていくべきだと思います。こういったきめ細かな対応は、「くすり」に対する「愛」と「感謝」の表現であり、薬剤師が最もその能力を発揮でき、かつ発揮すべき分野だと考えています。