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活薬のひと

「ゲノム創薬」という言葉が登場してから久しく時が過ぎました。20世紀の終わりから21世紀にかけてヒトゲノムの解読は大幅に進展しましたが、その流れを予見するように「ゲノム創薬」という言葉の産みの親である故野口照久先生が中心となってゲノム創薬フォーラムが結成されたのが1998年11月のことでした。設立の趣旨には、「ゲノム創薬は、ゲノム情報およびプロテオーム解析に基づく創薬の全ての過程、疾患関連遺伝子、薬剤応答性遺伝子、創薬ターゲット分子の探求、創薬リード化合物の探索とその最適化、薬理ゲノミクス・SNPを適用したテーラーメイド医療の処方展開までにも及ぶものである。ゲノム創薬はこのようにゲノム科学を核に創薬科学と構造生物学・薬理ゲノミクスに加えるにバイオインフォマティクス(生物情報科学)などが共融合して新しい学融として生まれた新科学であり、新技術でもある。」と書かれています。学際ではなく学融という言葉を用いているのも言葉に拘る野口先生らしく興味深いことで、科学の一分科と別の分科の境界を「学際」と呼ぶなら、これは科学の融合、「学融」による新しいゲノム科学の誕生ということを強調されていたのを思い出します。くだいて言えば、ヒトゲノムの配列解読だけでなく、遺伝子発現、タンパク質発現、タンパク質の立体構造などのあらゆる網羅的情報を基に疾患に関連する遺伝子を特定して、創薬標的となるタンパク質に対して新薬を合理的に見出そうというゲノム創薬科学ということになります。あれから15年余り経った現在、ゲノム創薬について振り返り、改めて期待する次第です。

 ヒトゲノム配列の解読が進むことにより、新たな創薬標的が多数見つかり、アンメットメディカルニーズ(医療満足度)を満たすなどの画期的新薬の創製が期待されました。ゲノム研究の特徴である網羅的な解析の結果を取り込むことにより、新薬の成功確率は飛躍的に伸びるであろうと誰もが思ったことでしょう。ところが、むしろ新薬の上市確率は下がったことからゲノム創薬に対する期待は一気に冷めて行ったように思われました。興味深いことに2011年のNature Review誌によれば、1998年から2008年にFDAが承認したファーストインクラスの低分子新薬50個のうち、28個はフェノタイプアッセイからで、17個がターゲットアッセイから見つかっているというのです。ゲノム解読後、世の中全体が画期的な創薬標的に注目していたその時代にこの結果です。新薬創製が長期的低迷に陥っている理由はむしろ単一標的を狙った創薬のためであると解釈されています。このような見方からフェノタイプアッセイが見直されています。しかしながら、フェノタイプアッセイによる薬効の作用機序を解明することはそう簡単ではありません。20世紀の薬であれば、作用機序が分からないとしても、表現型が改善されれば承認されたかもしれませんが、現在はそうはいきません。この問題の解決のためには、系全体をシステムと捉えて解析をするシステムバイオロジーの活用が重要となって来るでしょう。現時点では、創薬に役立つまでに至っているとは言い難いですが、これこそがゲノム創薬の中核を形成していくのではないでしょうか。

 ヒトゲノムの解読の進展に伴って、海外ではバイオ・創薬ベンチャーが続々と勃興しました。ヒューマンゲノムサイエンス社やセレーラ社などがその代表格と言えましょう。疾患に関連する新規遺伝子を発見し、特許により権利化するという遺伝子の囲い込みでした。疾患との関連で注目されたのはSNP(一塩基多型)でした。私もファルマデザインを起業した当初はSNPに基づく疾患関連遺伝子の特定に注力しました。多数の遺伝子配列からSNPを特定するのは比較的容易にできます。したがって、その遺伝子がコードするタンパク質の立体構造上にSNPをマッピングすることにより、SNPの重要度を評価できると考えたからです。SNPと疾患のデータベースを作って、個別化医療に関係するタンパク質を特定することができることに期待をかけたからです。また、創薬標的タンパク質に対する創薬戦略を立てるための参考にしてツールになると考えて、SNPによって薬剤の効く人と効かない人を見分けて臨床試験に反映することを紹介した時には、SNPを調べて薬剤を選択するということは薬の市場を自ら少なくすることになり、このようなことを製薬企業自らがする筈がないという反応が大勢を占めていたことに失望したものでした。これは2000年頃のことでしたが、現在では、製薬企業はこのような個別化医療の流れに逆らうことをやめ、率先してコンパニオン診断薬といわれるバイオマーカーと一体となって臨床試験をするようになってきているので、隔世の感があります。日本でも2012年に成人T細胞白血病リンパ腫の治療薬とセットでコンパニオン診断薬がほぼ同時に承認され、治療現場で使われています。
 SNPをタンパク質の立体構造にマッピングする狙いはもう一つあります。薬剤が結合するポケットの周辺にSNPがある場合に薬剤の応答性に違いが出てきますが、薬剤をデザインする際にSNPを避けて相互作用する分子をデザインすることができれば、SNPに非依存的な薬剤が開発できることになります。これは丁度、ウイルスに対する薬剤耐性が出てくるのに対抗して新たな薬剤を開発するのと似ていますが、現実には、このような考えに基づく新薬はまだ明確に研究開発に登ってきていません。構造生物学の立場からするとこのような考えに基づく新薬が早く創製されて欲しいと願っています。

 ゲノム創薬が誕生してから15年余りが経ち、網羅的な解析に基づく創薬の流れは実現しましたが、薬剤投与による副作用や効く患者と効かない患者の差などを解決し、患者にとって最適な治療を施す個別化医療という点では、まだ始まったばかりと言えます。医療の現場と製薬企業が緊密になって学融としてのゲノム創薬科学を実践していくことが望まれます。このような趣旨からゲノム創薬フォーラムは2013年からゲノム創薬・医療フォーラムとして新井賢一先生(東京大学名誉教授)を代表として活動を行っていますが、まさに時宣を得たものと言えましょう。改めてゲノム創薬が医療と連携して発展していくことを期待してやみません。