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過去のハイライト

 人々の健康に直接関わる製薬産業は、他の製造業と比べてはるかに社会科学的要素が強い産業です。このホームページをご覧になっている薬学会員の中には、これから製薬企業への就職を希望されている方も多いとうかがっておりますが、私自身も薬学の出身者として製薬企業に身を置き、経営に携わってきた経験から、是非とも、自然科学と社会科学の両方の素養を磨いていただきたく思います。どんなに優れた薬でも、使い方を誤れば毒となりますので、医師への迅速で的確な情報伝達は必須です。また、未だに有効な治療法が確立していない疾病も数多く存在しており、一日も早い新薬の登場を待ち望む方がいます。薬学は、薬という物質の科学だけに留まらず、命というかけがえの無いものを対象とした学問であることを常に肝に銘じておくことが大切です。

 我が国においては、バブル崩壊以後の景気低迷が長らく続き、未だ閉塞状態から脱却することができていません。加えて今後、少子高齢化、急速な労働力人口の減少が見込まれており、高い経済成長の実現はこれまで以上に難しい課題となっています。そうした中で、政府は、社会保障や財政を維持し、暮らしの豊かさの向上のためには、経済成長を最大限実現していく必要があるとの認識に立ち、経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用創出のきっかけとし、それを成長につなげようとする「新成長戦略」を策定しました。

「新成長戦略」は、「強い経済」「強い財政」「強い社会保障」の一体的実現に主眼を置き、具体的な7つの戦略分野からなっています。そのひとつが「ライフ・イノベーションによる健康大国戦略」であり、医療イノベーションを促進し、国際競争力の高い関連産業を育成するとともに、その成果を国民の医療・健康水準の向上に反映させることを目指しています。

 我々医薬品産業も、ライフ・イノベーションの重要な担い手として、国民の健康と保健医療水準の向上に資するとともに、高い国際競争力の発揮を通じて日本の経済成長を牽引する一翼となり、得られた収益からの担税力をもって財政にも大きく寄与することが期待されています。

 昨年は、薬価制度改革のひとつとして「新薬創出・適応外薬解消等促進加算(新薬創出加算)」が試行導入されました。特許期間中の新薬で、かつ薬価と市場実勢価との乖離率が全既収載医薬品による平均乖離率を超えない場合に、当該新薬は同加算を得られます。各製薬企業が、加算により得られた原資(加算分)を、革新的な新薬や未承認薬・適応外薬などの開発に充て、アンメットメディカルニーズの充足やドラッグ・ラグの解消を促進することで、患者さんや医療関係者のニーズにいち早く応えることを可能にする仕組みです。研究開発の成果を適切に評価し、次のイノベーションにつなげるものといえます。

 新薬創出加算が製薬企業のイノベーション・インセンティブにどのように影響を与えるかについて、日本製薬工業協会(製薬協)の医薬産業政策研究所がまとめたレポートでは、同加算による長期的なイノベーション創出効果がより大きいことが謳われています。この制度の趣旨を実現し、十分な成果を出していくためには、加算制度を恒久的に運用していくことが必要であると考えられます。その為に我々製薬企業は、患者さん、ご家族、医療関係者等の皆様の期待に応えるべく、未承認薬・適応外薬解消に向けて真摯に取り組むとともに、特許期間を過ぎた医薬品については、後発医薬品の一層の使用促進に引き続き、取り組んでいきたいと考えています。

 医薬品は、その有効性や品質のみならず、安全性を十分に確保することが重要です。現在、わが国において行われている医薬品の安全対策としては、医療機関等及び製薬企業からの副作用報告や、製薬企業による新薬の製造販売承認後に行われる使用成績調査による副作用の発生状況の確認等が主流ですが、このような従来の方法のみでは、定量的かつ迅速、正確な副作用の発生状況の把握が困難との課題もあります。

 この課題への対応策のひとつとして、大学病院等5カ所に電子カルテ由来の医療情報を蓄積し、医薬品等の安全対策に活用するため、1,000万人規模の医療情報データベースの基盤整備を行う「医療情報データベース基盤整備事業」が始まっています。

 これは、「医薬品の安全対策等における医療関係データベースの活用方策に関する懇談会」が昨年8月に取り纏めた「電子化された医療情報データベースの活用による医薬品等の安全・安心に関する提言(日本のセンチネル・プロジェクト)」に基づくものであり、電子的な医療情報データの活用により、医薬品等による副作用、安全上のリスク抽出、リスクの定量評価、ベネフィット/リスク・バランスの改善のための企画・実施とその評価を通じた医薬品等の安全対策の向上、疫学研究を支援する情報基盤や研究者の育成などが期待されています。

 薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会がとりまとめた提言「薬害再発防止のための医薬品行政等の見直しについて(最終提言)」(平成22年4月28日)においては、医薬品の安全対策の強化に関して、「電子レセプト等のデータベースを活用し、副作用等の発生に関しての医薬品使用者母数の把握や投薬情報と疾病(副作用等)発生情報の双方を含む頻度情報や安全対策措置の効果の評価のための情報基盤の整備を進める」ことが求められており、安全・安心の医療を更に充実させるためにも重要な取り組みとなります。

 日本製薬団体連合会(日薬連)は、業態別団体14団体、地域別団体19団体の計33団体で構成されており、各団体がそれぞれ主体的な活動に取組んでいる中、薬事制度、医薬品の安全性、薬価制度など産業全体に関わる課題、政策については、日薬連が意見の集約・調整などの中心的な役割を果たしています。

 イノベーション促進による革新的な新薬や未承認薬・適応外薬などの開発、データに基づく薬剤疫学等の活用による予防原則に立脚した迅速な安全対策の強化を通じ、少しでも良い医療を求めている患者さんへの貢献、日本の医療の質の向上を果たすために、医薬品産業界も一体となって取り組んでいきたいと考えています。

<略歴>
  • 1972年3月  東京大学薬学部製薬化学科卒業
  • 1972年4月  三共株式会社入社
  • 2003年6月  同社 代表取締役社長
  • 2005年9月  第一三共株式会社 代表取締役社長兼CEO
  • 2010年6月  第一三共株式会社 代表取締役会長(現任)

<業界活動>
  • 2008年5月  日本製薬工業協会 会長
  • 2010年5月  日本製薬団体連合会 会長(現任)