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過去のハイライト

 東北地方太平洋沖地震では未曾有の被害が生じ、数多くの被災者が今もなお、不自由な生活を強いられていることかと思います。日本薬学会を代表して、被災された方々に心よりお見舞い申し上げますとともに、お亡くなりになられました方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。また、被災された地域の一日も早い復興を願っております。
 この度の地震災害の各方面への多大な影響を考慮し、静岡で開催する予定でありました第131年会の開催は中止させて頂きました。会員の皆様、並びに年会の準備に尽力して頂きました奥直人組織委員長をはじめとする静岡県立大学関係者の皆様には深くお詫びするとともに、事情をご理解して頂くようお願い申し上げます。日本薬学会は、被災地の惨状の1日も早くの復興に向けてあらゆる努力をする所存であります。会員の皆様にも、ご協力をお願い申し上げます。

 薬学会の会頭というと、大学の先生が就くことがほとんどですが、私が勤務する国立医薬品食品衛生研究所からは、これまでに5名、薬学会会頭となりました。つまり私で6人目ということになります。もっとも、5人目の刈米先生がなられたのが50年前の昭和36年ですから、ほとんどの方がご存知ないと思います。私は第66代会頭だそうですが、これまでの任期1年の会頭OBの方々は短い任期の中で、中々、思いどおりのことができなかったと聞きます。私は任期が17年ぶりに2年制となってはじめての会頭となりますので、じっくり腰をすえて「何が薬学会に今必要か?」ということを皆さんと話し合い、それを実現させていきたいと考えています。特に今期は、6年制薬学教育を修了した第一期卒業生が社会に出るという記念すべき年度でもあります。いろいろと議論が重ねられた「6年制」ですが、多くの方々の努力が実り、長期実務教育実習も無事、終えることができました。勿論、その過程で多くの課題も浮き彫りとなりましたので、それらを早急に解決するのが私に課せられた大きな責務と考えております。

 まず危惧することは、研究への影響です。「6年制」を成功させるために、多くの時間を費やされている先生方が多く、また、今のカリキュラムの中で教育と研究の両立は容易ではありません。薬学研究と薬学教育を発展させることを使命とする薬学会として、各大学がこれまで培ってきた研究活動を持続・発展させる方策を考えます。今、ここで研究活動をしっかりさせておかなければ、薬学は自然科学の領域から取り残される恐れがあります。同じ6年制の医学部が研究と教育を両立させているわけですから、なにか方策があるはずです。また、そこで学ぶ学生達のモチベーションを高めることも大切です。米国の Pharm Dr. 制度の導入や、薬系大学院のあり方の検討も重要です。同時に、コアカリキュラムの見直しが必要です。特に医療現場、製薬産業で求められる人材について深く検証し、そのニーズに合致した教育を提言したいと思います。さらに「教育」という意味では、6年制発足以前に4年制薬学部を卒業した方々にも、今の新しい薬学教育の内容を学ぶ機会を提供できる仕組みが欲しいところです。

 薬学は大変裾野の広い学問です。化学、生物、物理といった幅広い自然科学の知識が要求されます。また、科学的に生理活性の強いものを追い求める反面、安全性など社会的側面にも配慮しなくてはならない点は薬学の大きな特徴であり、この幅広い基礎科学の上に立った「レギュラトリーサイエンス」の考え方を、いっそう世間に訴えていきたいと思います。特に、生まれたばかりの未熟な新薬を、一人前の医薬品に育てるという意味の「育薬」の概念が、日本の社会ではまだあまり定着していません。市販後調査(PMS)の意義とともに、クスリとリスクの話を説きたいと思います。このあたりは、治験の活性化にもつながる概念ですし、ある意味、学校教育でも取り上げられるべきテーマのひとつです。「教育」は、これからの未来のために大変重要なキーワードです。最近、薬学を出て教師になる方は、随分と少なくなったようですが、是非、ひとりでも多くの薬学出身者が理科専門教員あるいは医療教育のエキスパートとして教壇に立つ機会を与えていただければと思っております。

 薬学関連諸団体との連携を強めるため、「薬学総会(仮称)」の開催を検討します。これは、日本薬剤師会、日本病院薬剤師会、日本学校薬剤師会のほか、製薬企業や医療現場、CROにもご協力を仰ぎ、薬学教育のあり方、社会への貢献など、様々な薬学に関する発展的な議論を幅広い視野でできる会合にしたいと思います。こうすることで、高いダイバーシティをもった意見を集めることが可能となり、薬学という学問のさらなる発展と充実、そして、国民の健康増進とよりよい暮らしの実現に結びつくものと信じています。この目標の達成はとてもチャレンジングなものであり、多くの専門家のご協力が必要です。また、特に、社会のニーズを探る上でも、社会とのコミュニケーションは重要であり、松木会頭がてこ入れした広報活動を更に強化していく所存です。

 薬学は、他の消費材とは異なり、人々の健康に直結する学問であり、その成果物である薬は、水道、ガス、電気といったライフラインと同じくらい、国民の生活に必要不可欠なものです。抗生物質や化学療法剤の登場により、人は死病と恐れられた結核を克服しました。H2ブロッカーの発見により胃潰瘍で手術を受けることはほとんどなくなりました。また、最近では分子標的薬が登場し、がん治療も大きく変わりました。そして、時代はバイオ医薬品や予防医療、分子レベルでの診断技術など更なる進化を遂げています。これらすべての基礎となる学問領域を担う薬学会としては、社会とのコミュニケーションを更に強め、様々なニーズに応えていこうと思います。昨年は、学会ホームページが刷新され情報発信力が高まりました。今年は、更に薬学会の社会的プレゼンスを高めるとともに、社会が薬学会に何を期待するのか、私はそれを探ってみたいと思っています。皆様のご支援をどうぞよろしくお願いします。